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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1290号 判決

控訴人 A野太郎

被控訴人 B山春子

他1名

右両名訴訟代理人弁護士 須合勝博

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、控訴人に対し、「控訴人名義のD原自治会(以下「本件自治会」という。)会費納入袋兼領収書一九九九年四月より二〇〇〇年三月までの記入のできるもの(各月の領収印を捺印する)サイズ一一・八センチメートル×一九・五センチメートル(以下「本件納入袋」という。)を返還せよ。

3  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して一〇万円及びこれに対する平成一一年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二事案の概要

控訴人は、平成一一年八月一日、本件自治会の八月分の会費三五〇円を本件納入袋に入れて、本件自治会の会計担当役員である被控訴人B山春子方に投函したが、本件自治会は同年七月二五日に控訴人を除名していたことから、同年八月五日、本件自治会の会長である被控訴人C川松夫は、右三五〇円の受取を拒否して、これを控訴人に対し返却したが、その際、同被控訴人は、本件納入袋は本件自治会が作成した本件自治会の所有物であるとして、控訴人に対し返還しなかった(以上の事実は、すべて当事者間に争いがない。)。そこで、控訴人は、被控訴人両名に対し、本件納入袋は自己の所有物であると主張して、その返還とこれを返還しなかったという不法行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料として一〇万円の支払を求めた。これが本件事案の概要である。

一  控訴人の主張

本件納入袋は控訴人が平成一一年四月分から同年七月分までの本件自治会の会費を支払ったことについての領収書でもあり、民法四八六条は支払をなした者に領収書の交付を求める権利を認めているのであるから、控訴人は本件納入袋を領収書として受け取った以上その所有権を取得したものであるから、所有権に基づいてその返還を求める権利がある。

控訴人は、被控訴人らから本来返還されるべき本件納入袋の返還を受けられないことにより、一〇万円に相当する精神的苦痛を被った。

二  被控訴人らの主張

本件納入袋は、本件自治会がその費用を負担して会費徴収の便宜のために作成したものであり、その所有権は本件自治会に属するものであって、控訴人の所有に属するものではない。なお、右袋に印刷されている領収印欄がいっぱいになると、本件自治会から会員に対し新しい納入袋が交付され、使用済みの袋はそのまま会員の手元に残すという方法がとられているが、袋の所有権はあくまで本件自治会に属するものである。本件自治会としては、控訴人から求められれば、いつでも必要な領収書を作成交付する用意がある。

三  争点

控訴人には、被控訴人らに対し、本件納入袋の返還を求める権利があるか。

第三争点に対する判断

一  《証拠省略》によれば、本件納入袋は本件自治会がその費用を負担して作成したもので、会計担当役員である被控訴人B山春子が控訴人に対し、会費徴収の便宜のために交付していたものであることが明らかであるから、その所有権は元来本件自治会に帰属していたものというべきであり、問題はその後その所有権が控訴人に移転したか否かである。

二  《証拠省略》によれば、本件自治会は、本件自治会の各会員から自治会費徴収のために、会費納入袋を作成して各自治会員に配付し、配付を受けた各自治会員はこれに当月分の自治会費を入れて会計担当者に提出し、会計担当者はこれに領収印を押したうえ、翌月分以降の会費徴収のためにこれを再び各自治会員に交付するということを繰り返し、領収印欄が全部埋まった段階で当該自治会員にその会費納入袋を渡し切りにしているもので、本件納入袋は、右の会費納入袋の一つであって、本件自治会員であった控訴人に対し控訴人用として配付され、平成一一年四月分から七月分までの領収印が押捺されているが、その後平成一二年三月までの分はまだ空白となっており、本件自治会において控訴人は除名したものであるとして、前記のとおり控訴人に対する交付を拒絶していることが認められる。このような事実関係からすると、右会費納入袋は、その領収印欄が全部埋まり、会計担当役員がこれを当該自治会員に渡し切りにするために任意に交付した段階で、これにより本件自治会がこれを領収書代わりに当該自治会員に交付したものとして、その所有権も当該自治会員に移転するものであると考えられる。しかし、本件のように未だ領収印欄が全部埋まっていない段階では、その後の会費徴収のための使用目的が残っており、その使用目的を終わったものとして、本件自治会からこれを任意に渡し切りにしたものと解することはできないから、その所有権が当該会員に移転したものと認めることはできないといわなければならない。

なお、前記のとおり本件自治会は平成一一年七月二四日に控訴人を除名しているが、会計担当役員が同年七月四日に七月分の会費を控訴人から徴収後、本件納入袋を控訴人に交付したのは右除名前であって、本件自治会が前示のようにこれを領収書代わりに渡し切りにするため控訴人に交付したものとは認められないし、弁論の全趣旨によれば、控訴人は右除名の効果を争っているのであるから、いずれにせよ本件納入袋がその使用目的を終えて、本件自治会が領収書代わりとして渡し切りにする意思で控訴人に交付したものと認めることはできず、これにより本件納入袋の所有権が本件自治会から控訴人に移転したものと認めることもできない。他に本件納入袋の所有権が本件自治会から控訴人に移転したといえる事由についての主張はないし、これを認めるに足りる証拠もない。

また、なるほど、控訴人には、本件自治会に対して納入済みの平成一一年五月分ないし七月分について、民法上受取証書の交付を求める権利がある(民法四八六条)。しかし、右にいう受取証書は、本件自治会が会員から会費を領収したことを証する書面であることが必要であるが、それが必ずしも本件納入袋でなければならない根拠はない。《証拠省略》によれば、同年四月分については、本件納入袋の所定欄に押印されている他に、現実に領収書も発行されていることが認められ、被控訴人らは、本件弁論において、控訴人から求めがあれば、いつでも本件自治会において別途領収書を発行する用意があるとしていることを明らかにしているのである。したがって、控訴人は、前示民法上の受取証書の交付請求権に基づいても、本件納入袋の返還を求めることはできないといわなければならない。

以上のとおり、本件納入袋が控訴人の所有に帰したと認めることはできないから、控訴人は所有権に基づいて被控訴人らに対し本件納入袋の返還を求めることはできないし、仮に本訴において控訴人が、本件自治会に対し既に納入した会費について民法上の受取証書の交付請求権を有することに基づいて、被控訴人らに対し本件納入袋の返還を求めているとしても、これができないことは明らかである。そして、他に控訴人が被控訴人らに対し本件納入袋の返還を求める権利があることについては、なんらの主張立証もない。

三  よって、控訴人の被控訴人らに対する、本件納入袋の返還を求め、右返還を求める権利のあることを前提として慰謝料を求める本件請求は理由がなく、控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 近藤壽邦 川口代志子)

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